ヨクナルコトは、カウンセラーの仕事
最近、政治のニュースや討論番組みたいなものが、お茶の間を賑わしているみたいで、この度、衆議院選挙もあることで、更にその雰囲気に拍車がかかっているようです。そういった連日のように見聞きする政治や社会にかかわる話の中で、よく、「評論はいらない、解決策を!」というような論調を耳にすることがあります。昨今の政治状況や、解決しないといけない多くの社会問題を前にして、より早く、より効率的に、問題を解決することを望む人たちが多くなっているのかなと想像してみると、そのような人たちにとって、「評論はいらない、解決策を!」という論調はとても力強く、あつい支持を得るものなのかなと思ったりもします。
しかし一方で、数多の問題には、それなりに理由や原因があることは言うまでもなく、その理由や原因を理解すること(つまり、評論すること)で、問題の中に含まれる“ホントウの問題”を明らかにすることができ、社会に対して、新しいフィードバックができるのではないかとも考えます。
と、言うのも、今日は何も政治の話をしたかったのではなく、実は、このような体験と似たようなことが、カウンセリングの現場でもあるので、それについて書いてみたいと思い、「評論はいらない、解決策を!」の問題に触れてみた次第です。今日は、少し難しい問題になるかもしれませんのでご了承ください。
臨床心理士として働き出した頃に、精神科の院内カンファレンスの場で、担当患者さんに対する心理学な理解を報告していたところ、とあるドクターに、「患者のことを理解してよくなるの?」と聞かれたことがありました。一瞬、時間がとまり、どう答えていいのかわからず、モゴモゴしてしまったことを今でも覚えていますが、その後、自分がなにを話したのかはほとんど覚えていません。しかし、そのあと、そのドクターの問いについて色々考え、今でもその問いを考えながら、日々の臨床活動をするようになりました。ドクターは一体何が言いたかったのでしょう。
ごく稀にですが、精神科医の中には、「患者の話をきくのは無駄」と思っている方もいるそうです(※1%以下なので安心してください。ちなみに、僕は会ったことはありません)。しかし、そのドクターは、「あの先生は親身になって話をきいてくれる」等、患者さんからの評判もよく、専門家の間でも治療に定評があった、大変立派な先生でありましたら、「患者さんのことを理解する必要がない」と言っているのではないことは、少し考えればわかりました。色々考えた結果、「患者の理解が治療にどう結びつくのか」という臨床上の重要な問題提議を、若い駆け出しの心理士に投げかけたのだと考えております。
教科書的な発想でいえば、「理解なき解決策」というものはあり得ません。したがって、当然、クライエントに対する理解がなければよくならない、というのが心理士として回答になるのですが、じゃ、クライエントのことを、「どこまで理解する必要があるのか」という問題は常につきまとってきます。つまり、「治療に役立つ為の理解」の範囲を明確に設定することは難しく、思いのほか、曖昧であるということです。
例えば、「不安障害」を抱えるクライエントが自らの問題を解決しようとカウンセリングに来られたとします。当然、話題としては、「不安」というものを軸にクライエントの理解が進んでいきます。不安が喚起する状況や、その時の考え方の癖、行動、などなど…。しかし、カウンセリングの実際でいうと、いつも「不安」に関連する話ばかりしているのではなく、好きな食べ物から、趣味の話、恋愛や人間関係の話、その人の生活の中につかさどる様々なエピソードが語られていき、そして、カウンセラーによって理解されていきます。このような会話を通じた理解というものは、カウンセラーが、なにかの問題解決のヒントになればと思って意識的に展開しているものもあれば、単に、「人間関係」のあり方や、「その人のことをもっと知りたい」と思って、盛り上がっている場合もあります。仮に一般の人がその会話を聞くと、「ただの雑談」に感じることもあるでしょう。また、困ったことに、カウンセラー自身も、カウンセリングの最中にいると、「クライエントの理解」というものが、問題解決の為に必要な「手段としての理解」なのか、「それ自体が目的」となった会話なのか、時々わからなくなることもあります。
ここまで説明すると、「いや、それ自体が目的」は、ダメでしょう、と思う方もいらっしゃるかと思いますが、しかし、一方で、カウンセリングをしていると、その「手段」と「目的」とが絡み合う中で、問題自体が解決されたり、二つが特に表面上は絡み合わなくても、ある種の「目的」が達成されると、いつのまにか、解決されていること(例えば、自分のことを理解されたという「安心感」、「安全感」が対人関係の中で蓄積され、“潜在的な不安”が消失する等)があることを、多くのカウンセラーが経験しているのも事実であります。
話はもどりまして、ドクターの話。なぜ、その精神科のドクターが、そのような問いを投げかけたのか、また、その背後にどんなメッセージがあるのか、その答えは、やはり、ご本人にきいてみないとわからないことですが、僕としては、「しっかり患者さんのことを理解してあげなさい」と言っていると、受け取っています。今日の精神科診療は、患者さんの多さから、長くても15分の診察しかできず、精神科医自身が自らの診療を、“ドリフターズ診療”と揶揄している状況でもあります(「ごはん食べている?」「ちゃんと寝れている?」などの基本的な生活習慣を聞くこと)。
そんな忙しい診察の中でも、非常に優れたクリニカルトークを展開されるドクターの方も多数いらっしゃいますが、やはり、ドクター達の本音としては、「もっと理解してあげたいのにな…」というところではないでしょうか。そのある種の嘆きのようなものが、その問いの中に含まれており、そこを若い心理士の人に、くみ取ってもらいたいという気持ち、でも、「患者の話をきけないことは、本当はいけないことだよ」という自戒を込めた、歪曲されたメッセージがそこにあるのではないかと考えております。
なにも回りくどい言い方せずに、単刀直入に「患者の話をしっかり聞いてあげて理解してあげなさい」と言えば、済む話ではないか、と思う方もいると思いますが、しかし、そう言ってしまうと、「私は患者の話をきいてない精神科医だ」と公言してしまっているのと同じことであることから、さすがに、精神科医としてプライドが許せなかったのではないかとも思います。
また、もう一方では、心理士の“ワカサ”故に、「お前がやっていないことを、ひとに押し付けるな!」と、反発心をいたずらに煽ってしまっても仕方なく、結果的に言いたかったこととは逆のメッセージを心理士がくみ取ってしまい、「患者さんの話は絶対聞かない!=精神科医の言うことは絶対きかない!」となっても困ると考え、あえて表現を歪曲させたのではないかとも思います。
事実、そこにいた若い心理士は、「患者さんの話は聞かなくてよい」と、ドクターの意図を読み違えることなく、いたずらに精神科医に対する偏見をもつことなく、重要な問題提議を常に頭の中で反芻させ、自問自答し、現実的には、「しっかり話を聞こう」と働くようになっています。そう考えると、改めてそのドクターは、前のブログ(「隠れた指令には注意が必要」)でも紹介した「隠れた指令」にも注意を向け、意のままに相手を誘導することができる点で、やはり、非常に優れた精神科医の先生だなと思います。
「評論はいらない、解決策を!」
「理解はいらない、解決策を!」
もしかしたら、カウンセリングの場面でもこのような風潮が少なからずあると考えると、その状況に抗いながら、ひとつひとつのカウンセリングを丁寧に行っていきたいと思うところであります。解決ばかりに目をとられてしまうと、クライエントにとって、「ホントウに大事なこと」を見失うことがあるので、注意が必要です。
日本の心理臨床の礎を築いた、今はなき某有名なカウンセラーが、クライエントの「症状」をカウンセリングで取り除いた時に、クライエントから、「先生、なんで、治すんですか! 症状がないと私、困るんです!」と叱られたという話は、カウンセリングの難しさを端的にあらわした有名な逸話でもあります。
昔、僕自身、カウンセリングの師匠に、「尹君、症状をなおすのは、お医者さんの仕事だよ。僕たちの仕事は、クライエントに“よくなってもらうこと”なんですよ」と言われたことがありました。そこで、僕は、カウンセリングにおいて、「症状がなくなること・問題が解決すること」と「よくなること」とは同じことではないんだと知りました。と、同時に、カウンセリングの「目的」の難しさを知った、良き体験でした。
じゃ、「ヨクナルコト」とは一体なんなんでしょうか。まだ、その答にはたどり着けていないですが、その答は、「クライエントを理解すること」の延長戦上にあるのではないかと、今は信じております。そういえば、あのドクターも、「治る」ではなく、「患者のことを理解して“ヨクナルノ”?」と言っていたことを思い出しました…。
MCRの理念の中に、Solutionではなく、Understandを含めたことは、そのような思いからであります。冒頭の政治の話から、ずいぶん回りくどいブログの書き方になりましたことをお許し下さい。国語のテストみたいな文章にもなりましたが、隠れたメッセージをくみ取っていただければと思います。
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